教師としてクリニクラウンとして。 こどもと母の幸せを願うAやんが病室で見た“10分の奇跡”
とても優しく、相手に伝わるように、丁寧に話す“Aやん”こと紙森栄時さん。時折、身振り、手ぶりを交えつつ、会話の中に出てくる登場人物に合わせて、くるくると声色や表情が変わります。その姿はまるで物語の語り部のよう。
インタビューでは、時間も忘れてどんどん紙森さんのストーリーに引き込まれてしまいました。普段から先生としてこどもに接しているからなのでしょうか。教師としての顔も持つ紙森さんが、どんな思いでクリニクラウンとして活動しているのかお話を伺いました。
病室で起こった10分間のドラマ。
お母さんの心を溶かしたトンちゃんの言葉。
「私はクリニクラウンとして訪問する時、こどもたちはもちろんだけど、お母さんの気持ちも大切にしたいんです。お母さんがどんな思いでこの子を育ててきて、どんな思いでこの子の成長を願っているかとか。自分の今までの経験と照らし合わせ、つい感情移入してしまうこともあって」。
紙森さんがこのような思いを持つようになったのは、クリニクラウンになって1年目に、先輩クラウンの“トンちゃん”こと石井裕子さんと一緒に訪問したある病室での経験が大きかったそうです。
「その病室には、重度重複障害のある幼児のお子さんがベッドで寝ていたんです。僕らは『こんにちわぁ~!来たよぉ~!』って元気いっぱいにその子のそばに寄って行きました」。
ところが、そばに付き添っているお母さんは、クリニクラウンたちの方を見向きもしません。Aやんは思わぬ反応に「どないしよう」と焦りました。まるで鉄板のように張りつめた病室内の空気の中で、どんな言葉を掛けたらいいのかわからなかったからです。すると、お母さんが無表情なまま、こどもの身体をほぐそうとマッサージをはじめました。
「そのとき、トンちゃんが『お母さんも、この子も頑張ってるよね~』ってやさしく声をかけたんです。マッサージをされることで筋肉がほぐれて、お子さんがわずかに気持ちよさそうな表情をしていたのを見て」。
トンちゃんは「お母さん、この子、嬉しそうな表情してるよ」と話しかけました。
「『ほらほらほら、とっても気持ちいいって。この子も頑張ってるけど、お母さんも頑張ってるよ。この子喜んでるよね』って。言葉が話せないこどもの気持ちを、お母さんに対する『毎日僕のためにありがとう』っていう感謝の気持ちを、こどもに代わって代弁したんですよ。そしたらお母さん、ぽろぽろ、ぽろぽろ~って、涙を落としはって」。
固く、こわばっていたお母さんの心が、動いた瞬間でした。たった10分の間に起こったその出来事を、紙森さんはいまだに忘れられないと言います。
母も子も幸せを感じられる時間を作りたい。
紙森さんが目指すクリニクラウンとは。
特別支援学級と養護学校で35年の教員経験がある紙森さん。過去に受け持った生徒の中には先ほどのお子さん同様に、重度重複障害のある生徒もいました。
「あぐらをかいて、抱っこをして、腕に後頚部を乗せて介助し、こどもが心地よい姿勢で食事ができるように、ご飯を口に運びます。目を合わせて、『美味しい?』って語りかけます。言葉でなくても、こどもは目や表情、身体で『おいしいね!』と、私に語りかけるんです。まるで自分のこどものよう。学校での親は私、家での親はお母さん」。
生徒と親子同然の関係性を育むうちに、「親御さんはどんな思いでこの子を育ててきたのだろう」と、その気持ちや思いを共有するようになった紙森さん。
だからこそクリニクラウンとして活動している時も、こどもだけではなく、その子の大切な存在であるお母さんも幸せを感じられるひと時を提供したいと考えています。
また、今の自分があるのは、障害がありながらも懸命に生きるこどもたち、そしてその子を囲む人たちと触れ合ってきたらからだと紙森さんはいいます。
「今まで関わって来たこどもたちの中には、旅立っていってしまった子もいます。
『その子たちに自分は何ができたんだろう?』『もっとできることがあったんじゃないか』と自問自答するんです。後悔というより、まだまだやり残しているんではないかという思いもあって」。
こどもたちへの深くて、あたたかい想い。その想いを心の真ん中において、教師として、クリニクラウンとして全力でこどもたちと関わっている紙森さん。そのバイタリティは、どこから湧いてくるのでしょうか。
「こどもの存在、こどもの幸せ。それと、こどもが喜ぶ様子を見てお母さん、家族の皆さんが一緒に喜んでいる様子が僕のエネルギー源なんです。そういうエネルギーをもらって僕は幸せな、本当に幸せな気持ちになれているんですよ」。
紙森さんの優しくも強い眼差しは、きっと今まで関わってきたこどもたちへの並々ならぬ思いからくるものなのだと感じました。教員として、クリニクラウンとして、自分の家族のように子供たちに思いを寄せる紙森さん。「70、80歳になってもクリニクラウンを続けていたいですね」と言う紙森さんの笑顔を見て、私はあたたかな気持ちで胸がいっぱいになりました。
きっと、紙森さんはこの先もたくさんのこどもたち、そしてそのお母さん、その子を囲む人たちに笑顔とやさしさを届けていくのだと思います。
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紙森 栄時
1960年生まれ。大阪府出身。
1984年から中学校や支援学校に勤務し支援教育に携わる。支援学級や支援学校の子どもたちや保護者、子どもに関わるいろいろな人に出会う。その中で障害者施設や福祉施設を中心にボランティア活動を始めクリニクラウン活動を知る。2014年3月にクリニクラウンの認定を受け、クリニクラウンとして小児病棟を訪問し、ライフワークとして活動中。
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<ライタープロフィール>
三上 由香利
1984年生まれ。三重県出身。名古屋で美容師として12年勤務したのち、新しい世界へチャレンジしようと関西へ。化粧品会社で広報として勤務する傍ら、言葉を紡ぐことに可能性を感じライターを目指す。2018年9月にフリーライターとなる。現在は地元三重県の情報WEBメディア「OTONAMIE」や、移住や町おこしなど地方をクローズアップしたメディアのライティングを主に活動中。 ライターとして言葉の質、またインタビューの質をあげたいとつながる編集教室に参加。
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