「こどものために」と言い続けて。急性期総合病院にクリニクラウンを導入した小児科医・岡村隆行先生インタビュー
取材・文 石倉由梨
みなさんは入院中しているこどもに出会ったことがありますか?子どもは親と一緒に過ごしたり、友達と遊んだりすることが大好きです。入院すると、病気とたたかう不安だけでなく、家族から離れて過ごさなければならない心細さや、学校に行けず、友達と遊べないストレスなどを抱え、つらい思いをたくさんします。
そんな入院中のこどもたちに何かできるとしたら、何をしてあげたいですか?
堺市立総合医療センターの小児科医・岡村隆行先生は、急性期小児病棟へのクリニクラウンの導入やホスピタルアートなど、こどもの療養環境の改善に尽力しています。岡村先生はこどもの療養環境の改善を通して、入院中のこどもに何をしてあげたいと願っているのでしょうか。
堺にもクリニクラウンを!~急性期病院で導入する意義~
クリニクラウンは、長期入院するこどもが多い病院で導入実績が多いのですが、堺市立総合医療センターは「急性期総合病院」。「急性期」とは、病気が発症して急激に悪化してから14日以内の期間を指す言葉。急性期総合病院は、急性疾患または緊急・重症患者の治療を行う病院で、多くの場合入院日数は短めです。また小児以外の成人患者が多い病院です。
なぜ岡村先生は、急性期総合病院の小児病棟にクリニクラウンが必要だと考えたのでしょうか。
実は、岡村先生は堺市立総合医療センターに着任する前は、クリニクラウンを初めて導入した病院である大阪母子医療センターで勤務していました。そこで、こどもが中心である病院環境や、こどもや周囲のスタッフを惹きつけていくクリニクラウンの活動に触れてきたそうです。
ところが、岡村先生が勤務しはじめた頃の堺市立総合医療センターの小児科病棟は、手すりなどの病棟設備も大人の病棟と同じ。クリニクラウンの活動もホスピタルアートもありませんでした。そこで、岡村先生は「急性期病院の小児科であったとしてもクリニクラウンを導入したい」と考えました。
「正直なところ、平均入院日数が7日くらいしかない急性期病院に、月1回だけクリニクラウンに訪問してもらっても、あまり意味がないのではという気持ちもありました」
ところが、クリニクラウンが関わることで、こどもとお母さんの関係が変化することに気づき、岡村先生は改めてクリニクラウンの役割を認識します。
「クリニクラウンが来ると、普段ゲーム機器で遊んでいるこどもが、親子で話していたり、笑っていたりするんですよ。クリニクラウンには親子をくっつけてくれる役割もあるのかなと考えたりします。」
岡村先生は、こどもの入院は、親子の関係に大きな影響を与える体験になりうると考えています。
あるお母さんは、こどもが退院するときに、「今までは手に負えない子としか思ってなかったけれど、ずーっと病院で向き合っていて、この子がいろんなことできることがわかりました。そういう意味では入院して良かったかな」と話してくれたそうです。
「一週間だったとしても、そこで何かこどもの違いや成長に気がついてくれたら。クリニクラウンの訪問は、その機会のひとつになると思うんです。クリニクラウンには、こどもを惹きつけるだけでなく、笑いをつくってお母さんやスタッフも巻き込んでいく力がありますから」。
今の時代は、お母さんもお父さんも仕事などで忙しくされています。「もしかしたら、入院しているときくらいしか、こどもときっちり向かい合う時間がとれないのではないか」と岡村先生。そんな親御さんたちにも「こどもは、なにかしら毎日しでかしたり、成長していくことに気づいてもらいたい」と言います。
こどもと向き合う楽しさ~親子の会話を増やす仕掛け~
「病気のこどもがかわいそうだから楽しみをあげるっていう考え方だけでクリニクラウンを導入したわけではありません」という岡村先生。本当の意味でのこどものためのシステム作りにも、クリニクラウンは必要だと考えています。
「たとえば病児保育ってありますよね。こどもが急に病気になっても保育するから、安心して仕事ができるというシステムです。でも本当は、こどもが急に熱を出してお母さんがついていてあげたい時に、いつでも仕事を休むことが可能なシステム/社会環境を作ることの方が大切ではないでしょうか。こどもが入院するということは、突然知らないひとばかりの環境に行くということです。病気でつらいだけでなく、さびしいとか怖いとかいうつらさも加わると思います。だから、私たちは『親御さんでなくとも祖父母さんでもいいから付き添ってもらったほうがいいですよ』と話すのだけど、いろいろ事情があり付き添いがいないこどもも少なくありません」。
こんな時代だからこそ、クリニクラウンがこどもと関わる姿を見ることで、親御さんも「子育てが楽しくなって、もっと普段からかかわりたいというきっかけになれば」と岡村先生は話します。
「子どもって面白くて、成長するの見ていて楽しいし、見ていて幸せになれることにも気づくと思います。それを気づかせてくれる1つの機会として、月1回クリニクラウンの訪問がある、つまり、親子で少し話ができるような仕掛けがあるっていうのは良いと僕は思っています」
堺市立総合医療センターの小児科病棟は、ホスピタルアートが施されていて、煙突から出ている煙がだんだんクジラになっていくなど、見つけたら何か嬉しくなって誰かに話したくなるような絵がたくさん描かれています。実はこれも、親子の会話が生まれるような仕掛けの1つだそうです。
お話から、岡村先生が親子関係をとても大切に思っていることや、出会った子どもが退院後も親に見守られて成長していけることを願っていることが伝わってきました。
「こどものために」と言い続ける~こども中心の小児病棟が増えていくには~
急性期病院、しかも様々な科がある総合病院のなかで、小児科でのみ活動するクリニクラウンの訪問を継続させるのは難しそうですが、どのような努力を重ねておられるのでしょうか。
「お金がかかることは事実です。小児科は収入が少ないし、『こどものために』と言い続けないと、なかなか継続は難しいです。」
今年も、クリニクラウンのビックイベント『RED NOSE DAY』に院内を巻き込んで参加したという岡村先生。小児病棟に日本クリニクラウン協会の募金箱を設置したり、大阪マラソンなどクリニクラウンが参加するイベントのポスターの掲示をしたり、子どもの療養環境について学会で発表したり。「こどものために」という思いを、さまざまな方法で伝え続けています。
「こども病院や大学病院の小児科以外の病院にも、子どもの療養環境やクリニクラウンの導入に目を向けてほしいと思っているので、機会がある限り『こどものために、考えませんか?』と言い続けています」。
では、こども中心の小児病棟を作りたいと思う医療従事者は、具体的にどんな風に連携すればいいのでしょうか。岡村先生の考えを伺いました。
「当院の保育士は、学会で療養環境について発表した時に、『どうやって小児科部長や事務員や委員長を巻き込んだんですか?』という質問を受けるそうです。本当はこどもの療養環境の改善について、もっと小児科医が頑張るべきなのですが、実際のところ時間が取れず、療養環境の学会には保育士や看護師の方が積極的に参加してます。
そこで、保育士や看護師が中心になって改善案を考え、まず小児科医に賛成してもらうという流れはどうでしょうか。そこまで進めてからなら、小児科部長も動きやすいのではないかと思います。小児科部長を巻き込む手段として、1つのモデルに堺市立総合医療センターみたいな病院もあるという話をすれば、参考になるのではないかと思います。」
堺市立総合医療センターの小児病棟への取り組みを知ったら、小児科の先生の中に「やってみたい」と思う先生は増えるのでしょうか。
「たぶん、急性期総合病院の多くの医師は『こども病院だからできるんでしょう』とまず思うでしょうね。急性期総合病院では小児科は弱小チームですから。そうなっちゃうと、なかなか前に進まないと思うんです。総数で考えると急性期総合病院に入院するこどもの方が「こども病院」よりはるかに多いと思います。私たちがこつことと頑張ればクリニクラウンの輪も広げることができると思います。うちの病院には、年間1400〜1500人くらいのこどもの入院患者がいますが、その10分の1くらいの人がクリニクラウンに会えればいいなって思います。」
こどもが入院して不安やつらい気持ちでいっぱいな時に、クリニクラウンが遊びを届けに来れば、こどもも親もほっとするはずです。また、クリニクラウンの訪問は、こどもの笑顔や、親子のコミュニケーションの改善だけでなく、こども中心の療養環境づくりにも重要です。
医療従事者ではない私たちは、クリニクラウンの訪問を増やすために何ができるのでしょうか。
たとえば、寄付をすることも重要なサポート方法の1つです。クリニクラウン協会は、3000円で、1人のこどもに「こども時間」を届けることができます。また、クリニクラウン協会が毎年8月7日に主催しているビックイベント「RED NOSE DAY ~1万人の笑顔大作戦~」に参加して、入院中のこどもに笑顔を届けたい気持ちをたくさんの人に伝えることもできます。
このように、直接病院と関わらなくてもできることはたくさんあります。もし、身近にいるこどもが入院してもその子が笑顔でいられるように、寄付やイベント参加に関わってみませんか?
<インタビュイープロフィール>
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岡村隆行
1988年(昭和63年)に大学を卒業後、主に血液腫瘍疾患を専門とし、約30年間小児科医としてこどもたちと向き合う。
現在、堺市立総合医療センター の小児疾患センター長 を務める。
小児病棟で治療に取り組むこどもたちの療養環境の改善に向けて、ホスピタルアートの導入や、クリニクラウンの定期訪問の導入に積極的に取り組む。
<ライタープロフィール>
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石倉 由梨
1994年生まれ。奈良県出身。
同志社女子大学学芸学部で勉強するなかで、音楽など楽しいもので人の気持ちを元気にしたいと思う。学部の時に授業でクリニクラウンについて知り、雰囲気に惹かれていた。2018年春に「つながる編集教室」の募集を見て、クリニクラウンと会えたり、活動を詳しく知ることができると思い魅力を感じ、ライターボランティアに応募した。