いつもポケットに赤鼻とハーモニカをしのばせて。 一期一会の出会いに真剣に向き合うクリニクラウン・ぐんぐん
小さい時から好きでずっと続けていることってありますか?
クリニクラウンの“ぐんぐん”こと武田由紀さんなら演劇です。武田さんは保育園の時から演劇が好きで、大学では演劇を専攻し、舞台女優として活動してきました。小4の娘さんがいる今は、学校の芸術鑑賞会の企画や制作をする仕事をしながら、クリニクラウンとしても活動しています。武田さんが、クリニクラウンの活動を続ける気持ちはどこからきているのでしょうか。
こどもが生まれて、演劇の可能性が広がった
こどもが生まれるまでは、「シリアスな演劇に関わってきた」という武田さん。でも、こどもを生んだことによる気持ちの変化や、一緒に活動したことのあるクラウンさんの影響で「クラウンっておもしろい」と思うようになったそうです。
その後、クリニクラウンの活動を知って惹かれたことが、武田さんがクリニクラウンになったきっかけです。取材の前、家庭とクリニクラウンの活動の両立は大変そうだと思っていたのですが、武田さんにとっては違うようです。
「持ちつ持たれつですね。家でこどもと遊んだことやこどもの話を聞いたことがクリニクラウンの活動にも役立ったり、クリニクラウンの活動や研修で学んだことが家で役立ったりするので。どっちもやってるから大変っていうのは全然思ったことないし、むしろ、それぞれに役立っていて、楽しい活動だと思う」。
こどもと関わることやこどもの成長をサポートする仕事に携わっている武田さん。普段の仕事では、学校にいるこどもたちに対して、コミュニケーションと芸術を合わせた、参加型の演劇的ワークショップを企画しているそうです。
演劇という表現活動を用いるのは、「こども時代は、大人の顔色を窺いながら過ごすのではなくて、もっと感じるままに過ごしてほしい」という想いがあるからです。
「いい音楽を聴いたり、いい演劇を見たりすることは、こどもにとって感性を揺り動かされるとてもいい体験だと思います。こどもっていろんな人に出会うことで経験値が増えていくと思う。それで、自分の目指すものがだんだん見えてくるんじゃないかな。
こどもと接する時には、こんな大人の人もいるんだ、って思われたらうれしいなと思っていて。こどもに何か残せたら、そのあとのこどもの成長の何かのステップになるんじゃないかなと思っています」。
お話を伺っていると、こどもの成長を長期的にサポートする気持ちが伝わってきます。武田さんの、「クリニクラウンだからこそ」と大切にしていることはあるのでしょうか? 「実際にクリニクラウンとして子どもたちと関わってみるとこどもの素直さやまっすぐさは、病気の子も、健康なこどもと変わらないと思いました。違うのは『病院にいる』というこどもを取り巻く環境だけなんですね」。
こどもの反応はその時の状況によってさまざま。クリニクラウンを知っていて楽しみに待っていてくれる子もいれば、思春期くらいのこどもだと冷たくあしらわれることもあると言います。
「『自分はもうクリニクラウンと遊ぶような歳じゃないから』とそっけない態度をする子には、こちらも大人扱いで話しかけます。他愛のない会話でも、ほんの一瞬でも、誰かと話すことで気分が変わったり、ポッと心が温かくなったりするからです。乳児だと『前は大丈夫だったのに、今回は人見知りがはじまっていて泣き出す』こともあるそうです。そんな時は、付き添いの方と成長を分かち合い喜びあったりします」。
いつでもカバンには赤鼻とハーモニカを。
武田さんは、いつもクリニクラウンの赤鼻とハーモニカをかばんに入れて持ち歩いています。
「もし、何かが起こったときに役に立つかもしれないから。こうやって、何かの時に関わりたい気持ちは、クリニクラウンをやっているからだと思います」。
道具は、自分のアイデアでつくったり、先輩クリニクラウンの道具を参考にしたりして用意するのだそう。武田さんが今使っている道具のセットには、皿回しの棒、皿、マジックができるハンカチ、オルゴール、小さい楽器、パペットなど。インタビューのときは、ふだん使う道具持ってきてくださっていたのだが、準備の時からさまざまな工夫がされていることに驚きました。
たとえば、マジックの道具は「何で? どうして?」という、こどもの好奇心を引き出すためのもの。感染の怖れがあり接触できないこどもとも一緒に遊べる道具もありました。また、マジックをするのは見せるためではなく、マジックを通して笑いながら会話がすることを通して、こどもの社会性や人間関係にとても役立つからなのだそう。
また、オルゴールは乳児のお母さんが乳児に回してあげられるようにと考えられたもの。お母さんと赤ちゃんをつなぐコミュニケーションツールのひとつになります。さらに、誕生日の子がいたときに渡せるお誕生日カードまではいっていました。
道具を見せてもらっていると、訪問時のより良い関わり方をふだんから考えていることや、クラウン同士協力しあって訪問していることが伝わってきました。
より良い関わり方を考えながら
クリニクラウンの一回の訪問は約2時間。この時間のなかで、30〜40人のこどもたちに会うため、一人ひとりと一緒にいられる時間は少ししかありません。限られた訪問の時間でどう関わればいいか、先輩クリニクラウンの動き、こどもや付き添いの方の表情を見ながら、武田さんはいつも考えています。
「楽しいことだけがこどもの満足につながるんじゃなくて、人と人として気持ちがつながったな、つながったよね、ってお互いに共有するとそれだけで結構満足する。そういう気持ちの動きとかつながりみたいなものがちゃんと読み取れて、この子は満足したんだなってキャッチできるようになるのが、難しいけれども大事だなって思います」。
武田さんは、ターミナルケア(終末期医療)の部屋で出会ったこどものことを話してくれました。その子に会うのはその時4回目。いつもはその子が好きなぬいぐるみで遊んでいたけれど、その時は、こどもが痛みを訴えていて、こども自身が遊べるような状況ではありませんでした。お母さんやお父さんやお兄ちゃんなど家族が集まって深刻な顔でこどもを見守っていましたが、先輩クリニクラウンがはじめた合奏を見て、一緒に楽器を鳴らしたりおばあちゃんと踊ったりしたそうです。
「踊りながら、ふと『この子はぬいぐるみが好きだから、パペットを躍らせるみたいな方がいいかな』と思ったけれど、やらずにそのまま退出しました。こどもには、家族が笑顔で踊る姿を見てもらえてよかった、音楽を聴いて一時でも気が紛れ、目を開けて見てもらえて良かったと思うのですが、その後ずっと、でもその関わり方がベストだったのかな、一番好きなものがよかったんじゃないかって。どうしたら良かったのかなって今でも考えるんです」。
クリニクラウンにとって病院訪問は一期一会。入院しているこどもが退院したり、訪問のタイミングが合わなければ、二度と会うことはないかもしれないこどももたくさんいます。だからこそ、武田さんは「一回一回、真剣にどう関わるか」を考えつづけているのです。
武田さんのお話から、こどもの素直さやまっすぐさを引き出したり、こどもがいろんな大人に出会って成長していけるようにという想いが伝わってきました。また、ふだんから赤鼻とハーモニカを持ち歩いているなんて、誰かと出会うときはいつも、その人の気持ちとつながれるように真剣なんだろうなと思いました。
もし、この記事を武田さんに出会ったことのある人が読んでいて、また会いたいと思うなら、毎年8月7日に行われる「レッドノーズディ」に来てみませんか? たくさんのクリニクラウンと一緒に、クリニクラウン“ぐんぐん”もチャリティイベントに参加しています。もしよかったら、見に来てください。
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武田由紀
1970年生まれ。東京都出身。
桐朋学園芸術短期大学(旧・桐朋学園大学短期大学部芸術科)演劇専攻を卒業後、数多くの舞台作品に出演。 雑誌のモデルや、ゲームのモーションキャプチャーなど、舞台以外でも活躍。 現在は子育てしながら、芸術鑑賞会や表現に関わるワークショップ、講演会などの企画・制作に携わる。大阪への転居をきっかけに以前より関心のあったクリニクラウンの選考会に挑戦。養成課程を経て2016年3月、認定を受ける。入院中の子どもたちの心が「ほわり」とときほぐされ、自分らしくいられる瞬間をつくろうと、クリニクラウンとして病院を訪問し活動をしている。
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<ライタープロフィール>
石倉 由梨
1994年生まれ。奈良県出身。
同志社女子大学学芸学部で勉強するなかで、音楽など楽しいもので人の気持ちを元気にしたいと思う。 学部の時に授業でクリニクラウンについて知り、雰囲気に惹かれていた。2018年春に「つながる編集教室」の募集を見て、クリニクラウンと会えたり、活動を詳しく知ることができると思い魅力を感じ、ライターボランティアに応募した。